「勝つことではなく、負けないことが重要」—この一見矛盾するような投資哲学が、投資の世界で長く支持されている理由は何でしょうか。
2024年にスタートした新NISA制度は2年目を迎え、多くの投資家が長期的な資産形成を目指しています。
本稿では投資の古典的名著『敗者のゲーム』から学ぶ教訓を基に、新NISA制度を活用した長期投資の戦略について解説します。
『敗者のゲーム』とは何か
チャールズ・エリスによる名著『敗者のゲーム』は、全米で累計100万部を超えるロングセラーとなった投資書です。1985年に初版が出版され、投資の世界において重要な概念を提起しました。
エリスはテニスの比喩を用いて「勝者のゲーム」と「敗者のゲーム」を説明しています。プロテニスでは、強力で正確なショットを打ち、相手の届かないところにボールを打ち込むことで勝利する「勝者のゲーム」です。一方、アマチュアテニスでは素晴らしいショットはあまり見られず、ほとんどの得点は相手のミスによって生まれる「敗者のゲーム」となります。
エリスによれば、かつての投資の世界は「勝者のゲーム」でしたが、現代では「敗者のゲーム」に変わりました。つまり、市場より高いリターンを得ようと努力するプロの投資家が市場を支配するようになり、彼らは他の優秀な専門家と競争する敗者のゲームを戦っているのです。
なぜ投資は「敗者のゲーム」なのか
『敗者のゲーム』の中心的なメッセージは、現代の金融市場では、相手より失点の少ない者が利益を出すということです。データによれば、年間成績では約6割のファンドマネージャーが市場平均を下回っています。
これは、市場を上回るパフォーマンスを出すことが非常に難しいことを示しています。
この視点は、バートン・マルキールの『ウォール街のランダム・ウォーカー』でも支持されています。マルキールは「ランダムウォーク理論」に基づき、株価の変動は予測不可能であり、過去の価格変動が将来の変化にほとんど影響を与えないと主張しています。そして「アクティブ投資は負けるゲームだ」とし、アクティブ投資家は一般的にパッシブ投資家よりもパフォーマンスが劣ると論じています。
新NISAと長期投資の親和性
新NISA制度は2024年にスタートし、つみたて投資枠(年間120万円まで)と成長投資枠(年間240万円まで)の2つの枠組みがあります。さらに非課税保有期間が無期限となり、長期投資に最適な制度設計となっています。
エリスが強調する長期的視点の重要性は、新NISA制度と非常に相性が良いと言えます。エリスは、投資家が失敗する原因の一つとして、下落相場で株から手を引き、その後の上昇相場に参加できないことを挙げています。
相場のタイミングを測ることは困難であり、市場に留まり続けることで「稲妻が輝く瞬間」を逃さないことが重要だと説いています。
新NISAでの「負けない投資」の実践法
1. インデックスファンドを中心に据える
「敗者のゲーム」の観点からは、市場平均に連動するインデックスファンドへの投資が最も合理的な選択となります。特に2024年に新NISA1年目で人気を集めたeMAXIS Slim全世界株式(オール・カントリー)(通称「オルカン」)やeMAXIS Slim米国株式(S&P500)は、低コストで幅広く分散されたインデックスファンドとして注目されています。
マルキールも『ウォール街のランダム・ウォーカー』で、手数料が低くターンオーバー(回転率)も低いインデックスファンドを推奨しています。具体的には「費用率が0.5%未満で、回転率が50%未満のファンド」を探すべきとアドバイスしています。
2. 長期的な視点で投資する
『敗者のゲーム』の教えでは、短期的な市場変動に惑わされずに長期的な視点を持つことが重要です。2024年の大暴落のような市場の変動に動揺せず、長期的な資産形成の観点から投資を続けることがカギとなります。
元本割れせずに資産増を狙うなら「15年以上」の長期投資を行うことが一つの目安です。『ウォール街のランダム・ウォーカー』では、広く分散された株価指数に投資した場合、投資期間が長くなるほどリターンの散らばりが小さくなり、安定したリターンが期待できるとしています。
3. 分散投資で「負けにくさ」を追求する
『敗者のゲーム』の考え方に基づけば、一つの資産クラスやセクターに集中投資することは避け、幅広く分散することが重要です。新NISA制度では、つみたて投資枠と成長投資枠を組み合わせることで、効果的な分散投資が可能になります。
日興リサーチセンターの研究によれば、米国株式型(ナスダック100、S&P500)と先進国株式型の株式インデックスが長期的に高いリターンをもたらす可能性が高いことが示されています。特に先進国株式型や米国株式型で時価上位を占める米国企業(アップル、グーグル、アマゾンなど)の競争力は今後もしばらく持続すると予測されています。
4. 投資の「三要素」を意識する
エリスによれば、投資で成功するには「知恵、体力、忍耐力」という3つの要素が必要です。これらは新NISA投資においても重要な指針となります。
知恵: 投資の基本原則を理解し、感情に流されない冷静な判断ができること。
体力: 投資を継続できる経済的余裕を持ち、無理のない範囲で投資を続けること。
忍耐力: 短期的な市場変動に動揺せず、長期的な視点を持ち続けること。
新NISA投資で避けるべき「敗者」の行動
『敗者のゲーム』の観点から見ると、新NISA投資で避けるべき行動パターンがいくつかあります。
1. 過度なアクティブ取引
頻繁な売買は取引コストを増加させ、長期的なリターンを低下させる要因となります。エリスによれば、アクティブ運用は「他人の失敗の上に成り立つ」ものであり、自身のミスも避ける必要があります。つまり、頻繁な売買は失敗の機会を増やすだけだということです。
2. 相場のタイミングを測ろうとする行動
「今が買い時か、売り時か」を常に考え、タイミングを計ろうとする姿勢は避けるべきです。エリスは相場のタイミングを狙うことは間違いであり、常に市場に留まることの重要性を説いています8。
3. 過度なリスクテイク
エリスによれば、多くの投資家は利益を追求するあまり、過度なリスクを取って失敗します。特に多額の借金をして投資するケースは避けるべきです。新NISAでは無理のない範囲で、長期的に継続できる投資計画を立てることが重要です。
実践的な新NISA長期投資戦略
『敗者のゲーム』の教えを踏まえた、具体的な新NISA投資戦略を考えてみましょう。
つみたて投資枠(年間120万円)の活用法
つみたて投資枠では、低コストの全世界株式インデックスファンド(オルカン)やS&P500インデックスファンドへの定期的な積立投資が基本戦略となります。
月々10万円(年間120万円)を積み立てることで、時間分散効果も得られます。
成長投資枠(年間240万円)の活用法
成長投資枠では、より幅広い選択肢から投資対象を選ぶことができます。例えば:
- 日本株インデックス: 日本経済への露出を確保
- 先進国株式: 先進国の経済成長を取り込む
- 金(ゴールド)ETF: インフレヘッジや有事の際の安定剤として
- REITs(不動産投資信託): 不動産への分散投資として
ただし、成長投資枠でも銘柄選択に執着せず、分散投資の原則を守ることが重要です。
長期投資を成功させるマインドセット
『敗者のゲーム』から学ぶ最も重要な教訓は、投資の心理的側面です。次のようなマインドセットを持つことが、長期投資成功の鍵となります。
- 市場を「打ち負かす」より「市場と共に歩む」発想: 市場平均を上回ろうとするのではなく、市場の長期的な成長を取り込む姿勢が重要です。
- 「強気」でも「弱気」でもなく「適正な期待」を持つ: 「強気(ブル)はときに勝つ、弱気(ベア)もときに勝つが、豚(貪欲)は屠られる」という格言があります。
過度な期待を持たず、適正なリターン期待を持つことが重要です。 - 長期的視点を持ち続ける: 短期的な市場変動に一喜一憂せず、20年、30年という長期的な視点で投資を続けることがカギです。
まとめ:新NISAで「敗者のゲーム」に勝つ方法
『敗者のゲーム』から学ぶ新NISA長期投資の核心は、「負けないこと」に焦点を当てた投資哲学です。具体的には以下の点を心掛けましょう:
- 低コストのインデックスファンドを中心に据える
- 長期的な視点(15年以上)を持つ
- つみたて投資枠と成長投資枠を活用して幅広く分散投資する
- 「知恵、体力、忍耐力」の三要素を意識する
- 過度なアクティブ取引や市場タイミングの予測を避ける
- 無理のないリスク水準で投資を続ける
新NISA制度は、非課税保有期間が無期限になったことで、まさに『敗者のゲーム』が提唱する長期投資・低コスト投資・分散投資の理念を実践するのに最適な制度となりました。
エリスの言葉を借りれば、投資の成功とは「値上がり株を見つけること」ではなく、「自ら取り得るリスクの範囲内で、長期的な投資計画を立て、それを守り、長期リターンを得ること」です。
新NISA制度を活用し、この投資哲学を実践することで、長期的な資産形成を実現しましょう。
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インデックス長期投資家になるためのマインドが詰まった本です。
敗者のゲーム チャ−ルズ・エリス
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